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よく晴れた春の日に

  • 6 日前
  • 読了時間: 2分

 ある幼稚園の卒園式のケータリングをつくることになった。その幼稚園は高台にあって、いろんな木々や植物に囲まれていて、畑もあって、子どもたちが思う存分走り回っていた。

 たまたま自分がいっていた幼稚園も毎日自然の中で思いっきり走り、思うままに遊びつくした記憶があり、その景色がとても懐かしかった。卒園式もまた園長先生が、詩をよんでくれたり、卒園の証として木の置き物を手づくりで一人ひとりにつくってくれたのを思い出す。卒園式をとっても、ひとつひとつのことに想いがこもっていたのだということを大人になって気がつく。

 そんな大人からの贈り物をいまの私は料理として何ができるかなぁと思ったときに、木箱の料理の下に、卒園生の赤ちゃんの時の写真、先生の写真、メッセージを密かに忍ばせることに。そして食べ終わったら桜の花びらと共に浮き出てくるような仕掛けに。

 作っていて「もっとこうしたらいいなぁ…!」とか案は当日の朝まで出てきたけれど、一人でできることの限界と時間との闘いだった。

 反省点もあるけれど、とにかく卒園式という特別な時間があたたかい時間になりますようにという思いを込めて。

 私にとってもなんだかとても感慨深いお仕事になりました。依頼してくれたMさん。どうもありがとうございました。

 
 
 

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