top of page
よく晴れた春の日に
ある幼稚園の卒園式のケータリングをつくることになった。その幼稚園は高台にあって、いろんな木々や植物に囲まれていて、畑もあって、子どもたちが思う存分走り回っていた。 たまたま自分がいっていた幼稚園も毎日自然の中で思いっきり走り、思うままに遊びつくした記憶があり、その景色がとても懐かしかった。卒園式もまた園長先生が、詩をよんでくれたり、卒園の証として木の置き物を手づくりで一人ひとりにつくってくれたのを思い出す。卒園式をとっても、ひとつひとつのことに想いがこもっていたのだということを大人になって気がつく。 そんな大人からの贈り物をいまの私は料理として何ができるかなぁと思ったときに、木箱の料理の下に、卒園生の赤ちゃんの時の写真、先生の写真、メッセージを密かに忍ばせることに。そして食べ終わったら桜の花びらと共に浮き出てくるような仕掛けに。 作っていて「もっとこうしたらいいなぁ…!」とか案は当日の朝まで出てきたけれど、一人でできることの限界と時間との闘いだった。 反省点もあるけれど、とにかく卒園式という特別な時間があたたかい時間になりますようにという
6 日前
サクラヤマ、ありがとう
桜山での魚教室は昨日で最後。 1年間、お世話になった。毎回来てくれる人、遠くから通ってくれてる人、口コミやインスタを見てきてくれた人などすこしづつ来てくれる人が増えていった。 とはいえ、開催するか迷った時もあった。そんな中でも来てくれる人がいてくれたことで毎月続けてこれた。このお部屋を紹介してくれた美容師のJさんの協力も、96歳の元気な大家さんと出会えたことも私にとっては力強い後押しだった。 場所をかりて教室をすることは、制限があったり、思ったよりも準備のうえで頭を抱えることが多かった。それでも、1年間やり続けたことで、じわりじわりと広がり伝わっていったような気がした。私の中でも何をどう伝えるのか、何を大切にしたいのか、やっていくうちに見えてくるものもあれば、まだクリアにならないものもある。 美容師のJさんにカットしてもらいながら聞いた大家さんの言葉で「物事は全て白黒はっきりつければいいわけではなくてグレーであることも大切なことなのよ」という話を思い出す。どういう文脈でこの話が出てきたのかは覚えていない。でもふと今のわたしはグレーな部分と向き合
3月26日
ヤマノネ、ありがとう
引っ越しは、なんだか人生の最後を物語ってるように感じた。いつまでも続くと思ってた生活、環境に一度終止符をうつ。 引越しの前日、なんだかもう二度とこの家のお風呂にはいることないのだなと思うと、とっても狭かったユニットバスのお風呂がいとおしくなる。そして、ベットに入り、天窓から見える月の光や、朝日、雲の動きはもう二度と見えないのかもしれないと思うと急に寝ることも起きることもちょっぴりさみしくなった。とはいえ、引っ越し翌日は魚教室があったので、段ボールに囲まれながらやれることはやっておこうと、出汁を引いた。もうあと何分かで引っ越しするというのに部屋中に鰹の香りが広がった。最後に段ボールに詰め込まずのこったのは紛れもなくキッチン用品だった。 自分にとって食べることやつくることが最後の最後まで歓びであり譲れないものでもあるような気がした。 この5年間は私にとって激動だった。「引っ越してきた時と今とでは別人になってるよ」とまで言われるほど。だからこそ、とても思い入れのある部屋で、不安でいっぱいなときも、忙しすぎるときも、うれしいことがあったときも、全部包
3月25日
自分の庭を広くする
隠岐の島、海士町にて1ヶ月仕事をさせてもらってた時のこと。隠岐の島 海士町は本土から60km、フェリーで3時間程かかる島根県の離島。 そんな離島に集まってきている移住者たちの会話はとってもグローバルだった。 海士町に何年か住んでから東南アジアの離島へ移住した人が「海士町へ何度も行き来することで、その場所がどういう場所かわかってきて、住むうちに自分の馴染みの場所である庭になるように、海外も同じで何度か行き来し、住むようになると、自分の庭が広くなるような感覚なの」とシンプルな世界観を語っていた言葉たちを思い出す。 最初はとんでもなく遠い「海士町」だったのが、住んだり、働いたり、その後何度か訪れているうちに、住んでいる人々の顔が思い浮かび、島の景色がありありと自分の中に残っていて、どこか自分の世界のなかでの「居場所」になっている。それは実際の距離は関係なく心の中で近くにあるものなのだ。 私は5年間住んでいた逗子からとなり町の葉山へ引っ越す。またすこし自分の庭が広くなるといい。 2人の師匠、Nさんからは「まだ若いのだから、いろんなものを見
3月17日
目に映るもの
相手が忘れかけている頃に、連絡を取り、営業をさりげなくかけることを「サプライズチェックイン」と言うらしいと、Bさんがコーヒーを飲みながら教えてくれた。 思い出してもらったり、こちらの存在をどこかに置いてもらうという効果があるとのこと。 「日々の生活のなかにどう入り込んでいけるのか」ということがなににおいても大事みたいよと、一緒に仕込みしてたNさん。 さりげなく目にはいるところにメニューを貼っておくことや、日々の発信を積み重ね続けることや、カレンダーを作ることも、普段目に入ってくるものに人は影響を受けるのだろう。 それでいうと、この前友人と道を歩いてて、いろんな大きさの石ころに1字づつローマ字で名前を書いて表札にしているお家があり「かわいい!」と伝えたら、「気づかなかった。同じところ歩いてても人によって目に映るもの、とまるものがちがうから面白いね」という話に。 何が目に映るのか、それをどう捉えるのか、みんなそれぞれ違う。それがまたおもしろい。とはいえ、誰かの目に映るために動き続けてみる努力は必要だよなぁと雑談から思った仕込み時間。
3月17日
誰も作ったことのないお弁当
お弁当をつくりつづけて1年が経つ。 毎月、料理人のNさんにもお弁当を食べてもらい感想をもらう。 「まだ誰も作ったことのないお弁当を作ったほうがいいと思う」特に寒い時期は“あたたかい”という温度が特においしいにつながるから「めぐちゃん、あったかいお弁当をどうやったらつくれるか考えたらいいよ」とぶっ飛んだような感想をくださった。 「そんなお弁当、難しすぎて思いつきません」と弱音を吐くと、「誰も思いつかないからこそ、考え続けるんだよ」という言葉が帰ってきた。その人の人生経験から紡がれたであろう言葉は、ものすごい力をもっている。 しばらくあたたかさって何だろう?と考えた。そんな中、ふとNさんにお弁当を届けるといつも煮干しの出汁がよく効いた温かいお味噌汁をだしてくれることを思い出した。つめたくなったお弁当に温かいお味噌汁をつけるとほっとこころが安らぐのだ。 「お弁当に汁物をつけよう!」と思い立ち、廻り道の店主、峯山まりなちゃんに相談したら、汁ものは持ち運びしづらいから味噌玉はどうかな?と素晴らしいアドバイスのもと、味噌玉入りお弁当がうまれました。
3月14日
毎日たべてもおいしいもの
最近スパイスに触れる機会、食べる機会が増えた。そんな中、私の素朴な疑問は 「またすぐ食べたいと思わせるカレーって、プレートって、なんだろう」 この疑問をスパイスの伝道師であるBさんにぶつけてみた。 「食べ疲れない料理を学びたければ家庭料理にヒントがあるとおもう。実際にインドの日常的につくられている料理はスパイスもオイルも塩もあんまり使わないからね」とのお返事が。 あとは、料理を、ひとつひとつ見るのではなく俯瞰してみること。その上で色や味わいのバランスや強弱をつけること。 なんだかその話を聞いていると、和食をつくるようにカレーとサブジ(野菜をメインに使ったスパイス料理の総称)をつくってみたらいいのか!とおもえてきた。想像できるような、できないような、でもちょっと作ってみたいと思った。 世界の”毎日たべてもおいしいもの”をたどっていったら、家庭料理は意外と世界共通なのかもしれないという新たな「?」がうまれた朝のやりとり。続きはまた今度。
3月13日
とにかくはやく伝えたい
私は自分の中で行動が決まると、まわりの人々にまるで呼吸をするかのように報告をする癖がある。しかもそれぞれの距離感は関係なく話したいと思った人には気づいたら話してしまっている。 自分の中で揺るぎないと信じて伝えるのである。それに伴ってまわりの人々もいつも真剣に相談に乗ってくれたり、応援してくれる。人に伝えたことで、追い風となり自分では想像できないようないいご縁がうまれたこともある。 一方で時と共に状況が変わり、決めたことが変わらざるを得なくなることや、私の中でタイミングじゃなかったと思い変更することもある。その場合、「あぁ、もう30人以上に伝えちゃった…」となり、30回以上説明をすることに。そうすると、30通りの意見やアドバイスをくださるのだ。とはいえ、「もういい大人なのに…」と落ち込む自分もいる。もっと完全に決まりきって、変わったあとにいうべきだったのかなとも反省。 ここ数年であったことなので、慎重になってたはずなのに、何だか今日似たような匂いが漂ってきた気がして不安になり、相談していたら、「すべてはベストに向かうから安心しなさい」というお
3月12日
青空のキャベツ畑の近くで
今日は和光の先輩であるMさんと三崎の方へドライブに行った。Mさんと行く三崎はいつも天気が良い。そういえば「天気微妙だから三崎は別の日にいこう」と言われたこともあった。空の色によって行動を変えるんだとびっくりしたのを覚えている。そのおかげで今日も空がとっても広くてまだ七分巻きのキャベツが畑一面に広がっていた。三崎は空が広くて明るい場所だと私の目には映っている。 先輩お薦めの地魚定食屋さんで太刀魚の塩焼き定食にヒラメのフライをつけて頂いた。 ひとくちごとに「えぇ、おいしい」という言葉がとまらない。わかめのお味噌汁ひとつとっても、採れたての歯応えのあるわかめ。フライについてる千切りキャベツも、塩焼きについてた大根おろしまでもおいしかった。食材の持っている力強さとそれをシンプルに活かすお料理。飾らない中にあるおいしさはお腹いっぱいになってもずっとおいしい余韻が続いている。 そんな幸せなひとときの中、私の角度から見えた店内のテレビは3、11の映像が流れていた。流される車、人、街がなくなっていくようなこれまで見たこともない景色。その映像とMさんとの時間は
3月11日
bottom of page
