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自分の庭を広くする

  • 3月17日
  • 読了時間: 2分

 隠岐の島、海士町にて1ヶ月仕事をさせてもらってた時のこと。隠岐の島 海士町は本土から60km、フェリーで3時間程かかる島根県の離島。


 そんな離島に集まってきている移住者たちの会話はとってもグローバルだった。

 

 海士町に何年か住んでから東南アジアの離島へ移住した人が「海士町へ何度も行き来することで、その場所がどういう場所かわかってきて、住むうちに自分の馴染みの場所である庭になるように、海外も同じで何度か行き来し、住むようになると、自分の庭が広くなるような感覚なの」とシンプルな世界観を語っていた言葉たちを思い出す。


 最初はとんでもなく遠い「海士町」だったのが、住んだり、働いたり、その後何度か訪れているうちに、住んでいる人々の顔が思い浮かび、島の景色がありありと自分の中に残っていて、どこか自分の世界のなかでの「居場所」になっている。それは実際の距離は関係なく心の中で近くにあるものなのだ。

 

 私は5年間住んでいた逗子からとなり町の葉山へ引っ越す。またすこし自分の庭が広くなるといい。

2人の師匠、Nさんからは「まだ若いのだから、いろんなものを見て、いろんなことを経験し、世界をとにかく広げたほうがいいよ」と同じアドバイスをもらった。拠点が変わっても動き続けられることを大切にしたほうがいいとのこと。


近々ノーギアBianchiからのレベルアップを検討中。(よい情報がありましたら教えてください)

 
 
 

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