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青空のキャベツ畑の近くで

  • 3月11日
  • 読了時間: 2分

更新日:3月12日

 今日は和光の先輩であるMさんと三崎の方へドライブに行った。Mさんと行く三崎はいつも天気が良い。そういえば「天気微妙だから三崎は別の日にいこう」と言われたこともあった。空の色によって行動を変えるんだとびっくりしたのを覚えている。そのおかげで今日も空がとっても広くてまだ七分巻きのキャベツが畑一面に広がっていた。三崎は空が広くて明るい場所だと私の目には映っている。


 先輩お薦めの地魚定食屋さんで太刀魚の塩焼き定食にヒラメのフライをつけて頂いた。

ひとくちごとに「えぇ、おいしい」という言葉がとまらない。わかめのお味噌汁ひとつとっても、採れたての歯応えのあるわかめ。フライについてる千切りキャベツも、塩焼きについてた大根おろしまでもおいしかった。食材の持っている力強さとそれをシンプルに活かすお料理。飾らない中にあるおいしさはお腹いっぱいになってもずっとおいしい余韻が続いている。


 そんな幸せなひとときの中、私の角度から見えた店内のテレビは3、11の映像が流れていた。流される車、人、街がなくなっていくようなこれまで見たこともない景色。その映像とMさんとの時間は何とも言えないギャップが同じ空間に生まれていた。

 3、11から状況が変わったひと、そうでないひと。色んな物事の見方、捉え方、考え方があること。実際にこのことを機に生活が変わった私としては高校生ながらに色んなことを感じ、思わざるにはいられない出来事だった。


 その時の消化できずにいたことを大学の卒業論文でその当時の等身大の言葉で向き合った。その論文の中で“大人になるということ“を、22歳の私が自分なりの定義を書いていた。「大人になることは、答えのない問いにたいして、失敗したとしてもその時自分ができる精一杯のことをしていくこと、そしてそのことに責任をもつこと」


 それからちょうど10年。時には環境のせいにしたり、逃げ出したくなったり、毎回綺麗事のようには受け入れられないときもあるけれど、いま大好きな先輩と美味しいごはんを笑いながら食べて、いつまでも続いて欲しいと思うような時間を過ごせている。そのことをしあわせに思う。

 
 
 

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